2004年09月01日

◆情報都市とそこに住む人々の連係。(8/8)

 東京は、中心をもちながら、いくつもの輪をもった重層構造になってきつつあると思いますね。その輪はどんどん広がっている。しかも、その境界は明確にはできなくて、何層ものレベルで線をひくことができる。都心そのものは空洞化していき、異なる中心をもつそれぞれの輪が衛星たちのように周辺に展開しています。
 空間的に広がっていく都市というのを、時間軸抜きに語ることはできません。僕は『進化』という言葉が好きなんですが、我々も進化するように、都市もまた進化するのだ、と思います。
 これからの東京という都市の進化は、東京タワーを2倍の高さにすることでも、超高層をたくさん建てることでもないですね。これからの東京を語るときに欠かせないのが情報化、情報都市と呼ばれる情報の集約、ということです。情報が非常に密度濃くあるということ。ここに、いろいろな情報が入ってきては、かき回され、また出ていく、という意味で、ビジネスにおいて東京は確かに世界の中心のひとつといえるでしょう。ただ、個人的には、情報という言葉はあまりに漠然としていてピンとこない。皆がコンピュータを据え付けるようになって、本当に情報は豊富になたんでしょうか、疑問です。僕はパソコンやワープロを使わないし、ファックスも使わない。むしろ原稿ができたら深夜のポストに出しにいくのが風情がある、と思うんだな。電話もあまり好きじゃない(笑)。
 自分が情報に便利にアクセスできるということは、他人も自分の所に容易に侵入してくるということですね。ですから、僕は便利さよりも自分の内的生活を維持していきたいと思っています。電話とファックスのやりとりだけで原稿の編集をする状況というのはよくないですね。実際に会って話して相互に刺激し合わなければ本当の創造はできないですよ。
 いわゆる情報化社会という時には、便利さばかりが強調されて、情報という曖昧な言葉で、我々にとって本当に大切なものを見失いがちのような気もします。
 たしかに、情報が集まっている所にはある種の緊張感と活力があります。比較的大きな地方都市の駅前と東京の八重洲口あたりとでは、視覚的印象はほとんど変わらないですね。しかし、そう思って東京に帰ってきてみると、やっぱり東京の空気には情報の濃さ、というか何か張りつめたものがあることを皮膚で感じますね。
 以前「東京の人の話し方は、怒っているようだ」と言われたことがありました。せわしないのは確かです。高速度で情報やモノが動き回ることでできている<磁場>がありますね。ここから生み出される活力が麻薬的魅力でもある。だからといって、個々の人間が活力をもって本当に幸せに生きているか、というと疑問ですけれど。
 東京という場が持っているエネルギーは高いけれども、個々の粒子が持っているエネルギーが高い、とは思えないですね。先日、大手町から京橋まで歩いたんですが、その時に道行く人を注意して見ていると、歩道であくびしている人が4人いました。女性1人、男性が3人。大きな口を開けて真っ昼間に、ね。ああ、強力磁場の中の粒子たちは疲れているな、と思いましたね(笑)。
posted by rag at 09:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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