2004年09月01日

◆いかにも偽物という都市を生む現代。(7/8)

 先日、京王線の多摩センターに初めて行ってみたんですが、あれは奇妙な経験でした。駅自体も大きいんですが、そこから幅100mくらいあるとても広い通りがまっすぐあって、その先の方に緩い階段があって、その上にパルテノン多摩という、まさにギリシアの神殿を思わせる建物があって、階段から見上げると建物の後ろは空しか見えない。ちょっと本当の神殿に上がっていくような気分になりましたね。その擬似神殿風の空間に日常から抜け出た聖なるものを感じました。都心から離れた、何もなかったような所にこんな風な街ができたのか、よくこれだけつくったなあ、という驚きがありました。
 都市というのは、単に大勢が一緒に住んでいる賑やかなだけの所ではなく、自分の住む世界の中心を与えてくれる所だ、と僕は以前から言ってきました。そうした形而上的要素・精神的要素・宗教的要素が都市にはあるんです。この街にもそうしたものがあります。しかし、同時に、街全体が忽然と現れたことにキッチュさを感じますね。いかにも偽物だ、という感じ。でも、だからといって、鎮守の森がいいとは思わない。現代という時代は、こうしたキッチュなものを生み出すものなんだ、と同調する気分もあるわけです。幕張メッセができた当初に見に行ったことがあるんですが、その時も同様に感じました。キッチュさ、箱庭的感覚。それを遊びの感覚としてプラスにとるか、偽物めいているとマイナスにとるか、僕にはその両方の感じがありましたね。多摩センターや幕張などは一番景気がいい時期にできた街として、記念碑的になるのかな、とも思います。
posted by rag at 09:58| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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