2004年09月01日

◆立体的な秩序が失せ、<世界>は霞んだ。(4/8)

 都心部、渋谷、新宿、池袋がどんどん発展してきて、霞が関ビルなど超高層ビルもできてきます。今から20年くらい前、僕は新宿区のはずれの落合という所のマンションに住んでいました。その辺りはちょっと高台になっているんです。10階建の6階にいたんだけど、眺めは10階にいるような感じだったんですね。遠くに東京タワーがあって、台所の窓から池袋の方を見ると、丁度サンシャインがだんだん出来上がっていくのがよく見えましたよ。最後には上の方は見えなくなったのを覚えてます。新宿の方もベランダから見ると超高層が二つ、三つとどんどん建設されていくのがよくわかりました。
 地面にへばりついたような平べったい広がりをもっていた街にはじめて超高層のビルが建った時には、とても気持ち良かった。僕の眼にはそれが<塔>にみえたんです。天を指して登る高いもの、つまり垂直性をもってきたんですね。上から引っ張られて吊り上がったような感じがしました。塔というのは、ひとつ中心の感覚を与えてくれるわけです。街全体に立体的な秩序を与えてくれるんですね。
 ところが、最近の80年代から90年代。20年前は3つか4つだった超高層がいまやたくさんありますね。そうすると、タワーとして見えたはずのビルが、ブロックに、岩の塊のようになって見えるんです。
 垂直性がなくなっているんですね。超高層ができ始めた頃に感じた一種の興奮、自分の中の内なる垂直的感性が満たされる快感が、なくなったという気がします。塔に相当するものがなくなって、現在の都市は意識の上での世界の中心を感じにくくなっているかもしれません。今、突出した塔にあたる存在がなくなってしまったのが、僕は寂しいですね。
posted by rag at 09:57| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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