2005年08月30日

モエレ沼公園(3)

http://fotografia.web.infoseek.co.jp/moere.htm
http://www.mocas.jp/
モエレ沼公園に行ったのは8/28(日)。その日が最終日となる札幌芸術の森美術館のイサム・ノグチ展に行くか?モエレ沼公園に行くか?迷ったが、展示会よりも本物の環境彫刻を観に行くことにした。(イサム・ノグチ展は、このあと東京でも開催するようだ)

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モエレ沼公園(2)

http://www.welcome.city.sapporo.jp/moerenuma/
素晴らしい景観と圧倒的なスケール。人工的な空間美をあちらこちらの場で楽しむことができる。

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モエレ沼公園

http://www.sapporo-park.or.jp/moere/
イサム・ノグチの設計であることは知っていたが、グッドデザイン大賞を受賞していたことは知らなかった。
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2004年09月01日

◆情報都市とそこに住む人々の連係。(8/8)

 東京は、中心をもちながら、いくつもの輪をもった重層構造になってきつつあると思いますね。その輪はどんどん広がっている。しかも、その境界は明確にはできなくて、何層ものレベルで線をひくことができる。都心そのものは空洞化していき、異なる中心をもつそれぞれの輪が衛星たちのように周辺に展開しています。
 空間的に広がっていく都市というのを、時間軸抜きに語ることはできません。僕は『進化』という言葉が好きなんですが、我々も進化するように、都市もまた進化するのだ、と思います。
 これからの東京という都市の進化は、東京タワーを2倍の高さにすることでも、超高層をたくさん建てることでもないですね。これからの東京を語るときに欠かせないのが情報化、情報都市と呼ばれる情報の集約、ということです。情報が非常に密度濃くあるということ。ここに、いろいろな情報が入ってきては、かき回され、また出ていく、という意味で、ビジネスにおいて東京は確かに世界の中心のひとつといえるでしょう。ただ、個人的には、情報という言葉はあまりに漠然としていてピンとこない。皆がコンピュータを据え付けるようになって、本当に情報は豊富になたんでしょうか、疑問です。僕はパソコンやワープロを使わないし、ファックスも使わない。むしろ原稿ができたら深夜のポストに出しにいくのが風情がある、と思うんだな。電話もあまり好きじゃない(笑)。
 自分が情報に便利にアクセスできるということは、他人も自分の所に容易に侵入してくるということですね。ですから、僕は便利さよりも自分の内的生活を維持していきたいと思っています。電話とファックスのやりとりだけで原稿の編集をする状況というのはよくないですね。実際に会って話して相互に刺激し合わなければ本当の創造はできないですよ。
 いわゆる情報化社会という時には、便利さばかりが強調されて、情報という曖昧な言葉で、我々にとって本当に大切なものを見失いがちのような気もします。
 たしかに、情報が集まっている所にはある種の緊張感と活力があります。比較的大きな地方都市の駅前と東京の八重洲口あたりとでは、視覚的印象はほとんど変わらないですね。しかし、そう思って東京に帰ってきてみると、やっぱり東京の空気には情報の濃さ、というか何か張りつめたものがあることを皮膚で感じますね。
 以前「東京の人の話し方は、怒っているようだ」と言われたことがありました。せわしないのは確かです。高速度で情報やモノが動き回ることでできている<磁場>がありますね。ここから生み出される活力が麻薬的魅力でもある。だからといって、個々の人間が活力をもって本当に幸せに生きているか、というと疑問ですけれど。
 東京という場が持っているエネルギーは高いけれども、個々の粒子が持っているエネルギーが高い、とは思えないですね。先日、大手町から京橋まで歩いたんですが、その時に道行く人を注意して見ていると、歩道であくびしている人が4人いました。女性1人、男性が3人。大きな口を開けて真っ昼間に、ね。ああ、強力磁場の中の粒子たちは疲れているな、と思いましたね(笑)。
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◆いかにも偽物という都市を生む現代。(7/8)

 先日、京王線の多摩センターに初めて行ってみたんですが、あれは奇妙な経験でした。駅自体も大きいんですが、そこから幅100mくらいあるとても広い通りがまっすぐあって、その先の方に緩い階段があって、その上にパルテノン多摩という、まさにギリシアの神殿を思わせる建物があって、階段から見上げると建物の後ろは空しか見えない。ちょっと本当の神殿に上がっていくような気分になりましたね。その擬似神殿風の空間に日常から抜け出た聖なるものを感じました。都心から離れた、何もなかったような所にこんな風な街ができたのか、よくこれだけつくったなあ、という驚きがありました。
 都市というのは、単に大勢が一緒に住んでいる賑やかなだけの所ではなく、自分の住む世界の中心を与えてくれる所だ、と僕は以前から言ってきました。そうした形而上的要素・精神的要素・宗教的要素が都市にはあるんです。この街にもそうしたものがあります。しかし、同時に、街全体が忽然と現れたことにキッチュさを感じますね。いかにも偽物だ、という感じ。でも、だからといって、鎮守の森がいいとは思わない。現代という時代は、こうしたキッチュなものを生み出すものなんだ、と同調する気分もあるわけです。幕張メッセができた当初に見に行ったことがあるんですが、その時も同様に感じました。キッチュさ、箱庭的感覚。それを遊びの感覚としてプラスにとるか、偽物めいているとマイナスにとるか、僕にはその両方の感じがありましたね。多摩センターや幕張などは一番景気がいい時期にできた街として、記念碑的になるのかな、とも思います。
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◆都市は、自意識をもって生きている。(6/8)

 以前は山手線の内側が東京のイメージでしたが、それが世田谷や杉並へと広がってきた。さらにどんどん広がっている。昔はそんな中にも畑や空き地がけっこう残っていました。ところが、それがなくなって、家ばかりが密集している状態になった。その風景を超高層のビルから見下ろすとよくわかるんですが、僕のイメージでは、海岸で潮がひいたあとに岩にびっしりへばりついているフジツボのように見えるんです。しかもそれが極端に言うと、見ている間にも増殖してうごめいているような感じがします。人間が計画したマスタープラン、というのではなく「都市自身が生き物みたいじゃないか」と感じたわけです。まあ、その辺は札幌のような計画的に作られた街とは、ちょっと違うイメージかもしれませんが、東京は明らかにそうですね。
 僕が都市論とか都市に関してエッセイや小説を書くようになったのは、80年代になってからのことです。都市を舞台に、そこに住む都市的人間の意識を主題にした短編・長編をたくさん書きました。この頃になって、急激に自己増殖をしてきた東京という街が自意識を持ち始めたと思うんです。都市自身が自意識を持ち出した、そのひとつが自分だという気分でした。僕が考えてるんじゃなく、都市が僕を通して語っているという感じです。
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◆コンクリートも自然。そう考える柔軟さ。(5/8)

 なぜそう思ったかというと、ひとつには、息子のことがあります。彼が小学生だった頃、70年代初めですが、小学校の校庭がラバー敷だったんですね。つまり、小学校でも土を踏まない。家に帰ってきても原っぱなんてないから、駐車場で遊んでいるんです。通りの街路樹の根元に少し舗装していない地面が残っていますが、ペットの排泄をそこでするんで、実際きれいな土じゃない。それで息子が「土は汚くてきらいだ」と言うんです。それを聞いて僕は、ああ時代は変わったんだな、と思いました。
 すると「本当の土がある田園風景が自然で、都市は人工的で反自然」という考え方と、この現実はあまりにかけ離れていて、息子たちの世代はかわいそうじゃないか、という気がしたんです。彼らがコンクリート貼りの駐車場で毎日遊んでいるなら、このコンクリートの床こそ、彼らにとっての新しい自然ではないか、と。その意味で、自然というのは農村的なもので、都会は人工的なものだ、と考えていたのでは、これからの若い人たちは生きていけないじゃないか、と思うんです。都市もまた自然だ、これは彼らにとっての自然だ、という風に考えの根本を改めていかないと「自分は生まれた時から不自然だ」と思ってしまいますよね。
 それから、当時地下鉄で通勤している時に感じたことがあります。地下鉄という最も人工的なはずのものの壁の継目に何か地下水らしきものがにじみ出ていて、そこにいろいろな色のカビや苔があって、シミそのものもいろいろな形をみせている。「ああ、これは抽象的な絵画のようだな」と、そのとき思ったんです。ホームに立ち、壁に向かって指でつくった四角い枠の中からよく覗いていました。そんなことをしていても誰も注意しないしね。地下鉄のホームでシミを一生懸命見ていた人はあまりいないだろうけど(笑)。
 街中でも、コンクリートの塀の地面に近いところなどには、よく見ると、うっすらと緑のビロードのように苔が広がっているんですね。雨上がりなんかは特にそれは見事に綺麗ですよ。まさにそのひとつひとつが生物の美なんですよね。
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◆立体的な秩序が失せ、<世界>は霞んだ。(4/8)

 都心部、渋谷、新宿、池袋がどんどん発展してきて、霞が関ビルなど超高層ビルもできてきます。今から20年くらい前、僕は新宿区のはずれの落合という所のマンションに住んでいました。その辺りはちょっと高台になっているんです。10階建の6階にいたんだけど、眺めは10階にいるような感じだったんですね。遠くに東京タワーがあって、台所の窓から池袋の方を見ると、丁度サンシャインがだんだん出来上がっていくのがよく見えましたよ。最後には上の方は見えなくなったのを覚えてます。新宿の方もベランダから見ると超高層が二つ、三つとどんどん建設されていくのがよくわかりました。
 地面にへばりついたような平べったい広がりをもっていた街にはじめて超高層のビルが建った時には、とても気持ち良かった。僕の眼にはそれが<塔>にみえたんです。天を指して登る高いもの、つまり垂直性をもってきたんですね。上から引っ張られて吊り上がったような感じがしました。塔というのは、ひとつ中心の感覚を与えてくれるわけです。街全体に立体的な秩序を与えてくれるんですね。
 ところが、最近の80年代から90年代。20年前は3つか4つだった超高層がいまやたくさんありますね。そうすると、タワーとして見えたはずのビルが、ブロックに、岩の塊のようになって見えるんです。
 垂直性がなくなっているんですね。超高層ができ始めた頃に感じた一種の興奮、自分の中の内なる垂直的感性が満たされる快感が、なくなったという気がします。塔に相当するものがなくなって、現在の都市は意識の上での世界の中心を感じにくくなっているかもしれません。今、突出した塔にあたる存在がなくなってしまったのが、僕は寂しいですね。
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◆塔の存在が、聖なる感情を呼び覚ます。(3/8)

 あれは、真っ赤じゃないんですよね。銀色とオレンジ。オレンジが暖かみを、銀色の方が知的な感じを与えてくれますね。僕は、とってもいいと思う。車で近くを通って、ふと見上げてみて、東京タワーがあるな、と思うと何か安心するんです。他の超高層ビルなどは経済効率優先で建てられたんでしょうが、東京タワーは何のためでもないからこそ美しいんだと思います。
 19世紀末、パリのエッフェル塔が建設されることになった時に、かなりの人が「何の効果が、経済的利益があるのか」と言って反対したそうです。たしかに、あの塔には直接的経済効果はないんです。経済的効率、現実的利益がないところにこそ、意義がある。何も役に立たない塔を建てた、ということが我々の意識に図り知れない良い影響を与えているんです。これは、高い山や高い岩、高い樹木に対して、昔の人々が聖なる感情を抱いていたことと通じると思います。我々の意識の中にあるそうしたイメージが塔に現れているんじゃないでしょうか。
 エッフェル塔も一本だからいいんです。東京タワーも二本目ができちゃいけないんです。中心は二つあってはいけない(笑)。
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◆都会から猥雑さを除くと、都市になる。(2/8)

 戦後、引き上げてきてその後ほとんど東京で暮らしていますが、戦後すぐの渋谷なんかはまさに<都会>的でしたね。駅前広場は一面ヤミ市場があって、いろんな怪しげな食べ物が売られていてね。モツ鍋なんて何のモツかわからないような、ね。食べ物の匂いと人いきれ…焼け跡の中のヤミ市、それが印象的でした。
 だから、東京も戦後10年くらいは、<都会>的でしたよ、<都市>的ではなく。車は進駐軍と新聞社くらいのもので、ほとんど走ってなかったし。ビルが少なかったですね。平べったい建物ばかりだった。
 東京全体が、いわゆる<都市>になってきたのは1960年代になってでしょうね。50年代はまだ焼け跡に慌てて建てたバラックのようなものが残っていました。その間を路面電車がゆっくりと走っていて、人もなんとなくのんびりしていた気がします。それが60年代になって、車が増え、高速道路ができ、鉄筋コンクリートの団地がずいぶんできました。ここから、<都市>的になったと僕は思います。
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